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Terrani


Terrani(テラーニ)、またの呼び名を「学院長」

そう。

知る人ぞ知る「Terrani学院 -ギター教室-」の学院長であり講師であり、GibsonレスポールとB'zと酒をこよなく愛するスーパーギタリスト。
そして、なによりもB'z(松本孝弘)の完コピの第一人者でもある。

彼のB'zコピーの完成度の高さは、言葉で表すよりも見て頂いた方が一番手っ取り早い。
数多くアップされている中でも、B'zの曲中最難関のひとつと言ってもよいこの曲を、完璧といってもいい完成度と再現度を誇るこの動画を、ギタリストTerraniの紹介の前口上とさせて頂きたい。
※但し、当人曰くYouTubeの詳細欄にも書いてある下記の通り、一番できが悪いらしい。

--以下YouTube 詳細欄より引用--
そしてこのシリーズで最もデキが悪いかもしれませんが
まぁラフに弾いているとゆーよう な前向きな解釈で大目に見てやってくださいm(_ _)m
--引用ここまで--

動画を見る限りどの口がそんな事を云ってるのかとぼやきたくなるのだが。

[Terrani] B'z ギリギリchop (Version 51) full ver.


お世辞にもTAKの指使いとは似ても似つかないこの独特の弾き方から、どうすればここまでの完成度が弾(はじ)き出されるのか今もって全く理解できない。
ただそれは、「弾ける」ギタリストにとっては当たり前だと怒られそうだが、

「音を出すのは弾き手であって、
機材やギターや弾き方や形ではない」


まさにそれを体現しているのがTerraniである。
後に少し触れるが、学院生のみなさんはご存知の通り弾き方だけでなく、あの「ある種マイナスイオン吹き出しまくりの風貌」から、どうやったらここまでアグレッシブなプレーができるかも重ね重ね疑問である。

そんな疑問だらけのTerrani氏だが、今回本記事を執筆するに当たり、本人より詳細なプロフィールを頂く事ができたので以降それに即して紹介していきたい。
いや、むしろ今回Imaginat Blow GIG2出演に辺り、Terrani氏当人に「公式に掲載してもよいプロフィールを」と依頼したら、彼の持つ独特のオーラをまとった記事が送られてきたので、これに第三者が手を加えると持ち味を損なう恐れがあるので、ほぼ原文のまま紹介したい。



決して手抜きでは無い。



●衝動
「ギターとの出会い」


中学二年。
1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒、兵庫県南部を襲った大地震「阪神大震災」
当時、震源地に近い場所に住んでいたので周辺地域が甚大な被害を蒙った。
自分や親族、友達などに死者は出ずどーってことなかったんですが、長い間学校が休みだったので暇で暇で家にあった母のイニシャル入りクラシックギターを暢気に触り始める。

母の名前は暢子。

ギターを触り始めてからは色々なギターの音に興味を持つようになり、中学3年の頃に愛聴していた「福山雅治のオールナイトニッポン」で、福山雅治がリクエストに応えて弾き語っているのを聴いて感動し憧れフォークギターに転向。


中学三年。
年子の姉「サチコ」が高校入学し軽音楽部に入部。
姉が部室から拝借して来たフォークギターをさらに拝借。
鉄弦に出会う。

コード譜雑誌「ソングコング」などを毎月購入して物凄い小声で弾語りしているうちにオープンコードを目で追って4、8、16のストロークが自然にできるようになる。そのうち、簡単なコード弾きがだいたいコード譜初見で通せる感じになってきたので、そろそろエレキギターへの転向を考え始める。



●IT'S SHOWTIME!
「エレキギターへの目覚め」


中学卒業時のレクリエーションでB'zの「さよならなんかは言わせない」を演奏。
B'zは小学校の頃から姉の影響で聴いていたのでこいつはバッチリ!と自然と現在のスタイルの基盤となるB'zのコピーへ没頭しはじめる。

当時はコードストロークしかできなかったTerraniですが「さよならなんかは言わせない」は「D→G→Bm→D→A→G」という非常に簡単なオープンコードのアルペジオでほぼ完コピとなるため

「TerraniくんCDと同じやん!!!」

とヒーローに。


「エレキ、B'z、モテまっせ」

この、不滅の方程式にほだされ、音楽雑誌の広告欄によく掲載されているエレキギター初心者セットを購入。
赤&黒バーストというローストビーフのようなギターでB'zのコピーを始める。

その後、よくいるギターを買ったがすぐ辞めてただのオブジェにという友人宅から松本孝弘モデル「YAMAHA MG-M?G」を拝借。

思えば小学生のころから姉の「サチコ」がB'zファンで家族で出かけるときのカーステから流れる音楽がB'zでした。
アルバム「RUN」に収録されている「NATIVE DANCE」で多用されているTAK得意のカッティングを聴いて、なんだこのカッコイイ音はと、その音がギターか何かもわからないまま憧れていました。



● 愛のバクダン
「ハマちゃんとヤマハ音楽教室と師匠」


高校入学。
クラスで一番カワイイ女子「ハマちゃん」が

「地元のヤマハ音楽教室でギターを習っているらしい。」

という確かな情報を得たTerraniは、この頃すでにそこそこ弾けていて他人からギターを習うつもりなどサラサラなかったにもかかわらずハマちゃんと仲良くなるためだけに「ヤマハ音楽教室」に入会。
しかし、このヤマハ音楽教室は3ヶ月で辞める事になり、その後ハマちゃんとどうなったかは知る由もない。

しかしながら、この時に出会ったヤマハ講師「富永寛之」氏の演奏が凄すぎて「上には上がいるもんだ」と早めに気付くも少々時は流れる。




●ZERO
「原点」


この時点で周りと比べるとかなり普通に弾けていたのでヘルプ的な感じで色々と頼まれGLAYやジュディマリのコピバンなどもやったりしつつ~家でも朝までどころか昼すぎまでギターを弾く生活にシフトしていく様になる。
当然ながら、そのまま高校生活も途中でピリオドを迎える事となり、同時に親も泣かせることになる。

しかしながら、Terrani氏は高校中退の原因をこうも語ってくれている。

--
高二のはじめごろ、尼崎インター降りてすぐのギターショップ「阪神」にて
中古で3万円のグレコレスポールを購入。

「グレコ」

なんてカッコいいギターなんだ。
とは言えやはりギブソンに憧れがあったのでその後ピックアップのみギブソン「57クラシック」に載せ換える。

「これほとんどギブソンやな。カッコええ。」

と、調子にのって高校を辞めた。

--

まったくもって、つかみようが無い男である。
いずれにせよ、ギターの経験を得るため自身の学歴にピリオドを打った事は事実である。



しかしながら、ニートという言葉が生まれるずいぶん前、フリーターという言葉にすらまだ手垢がついていなかった時代だったため親の顔を立てる意味で神戸の某K陽音楽学院に入学する。

120万も払ったのにあまりにもつまらない授業とハゲたクソ講師ばかりだったので、2週目以降はN川さん(おそらく超有名ギタリストの親族)という金髪でガラの悪いお方が講師を勤めていたクラシックギターの授業のみ受けるようになる。

そして、そもそも温い学生気分が苦手だということを思い出し、2週間ほどでフェードアウト。
その勢いで、先の音楽教室で出会った富永氏に師事する事となる。

その後、神戸三宮北野坂の「T2楽屋」にて毎月行われていた師匠主催のブルースセッションにイヤイヤ参加。
もちろん師匠に影響を受けていたものの断固B'z完コピしかしないという意味不明な姿勢でギターに没頭していたためブルースやジャズという音楽自体、そもそもアドリブでギターを弾くということが非常に苦手(なまま現在に至る)。
しかしながらピックだけは師匠の影響で、現在も愛用しているピック「Jim Dunlop JAZZIII」を使い始める。



●FIREBALL
「上京」


Terraniが18歳になる直前に師匠がスピード違反で免許取消になる。

運転手やりますよ!

とさっそく合宿免許へ。
18歳の誕生日を「勝英自動車学校@津山」で過ごす。

通常、ギタリストというのはギターを担いで現場に行けば良いだけなので運転手やローディーといったスタッフ的に人間を同伴することがありません。
しかも師匠は当時20代で、40代のミュージシャンたちといっしょに仕事をしていたので若手が偉そうに弟子を連れて行くのはもってのほか。

しかし免許がないんだから仕方がない。
ということで様々な現場に同行して勉強。

そうこうしているうちに師匠がツアーバンド「バンバンバザール」に加入し上京。


一人でギターをやることの虚しさを感じテンションが下がりこれではイケナイとギブソンレスポール購入。
大阪梅田の楽器屋を巡り試奏したが、どれを弾いても

「ギブソン最高やな」

としか思えないので色と木目だけを見て選ぶ。

上記バンバンバザールは全国ツアーを毎年数本こなすバンドだったため神戸にも年に数回やってくる。

俺も東京行こかな。と、勢いでそのツアー車に乗り込み上京。
荷物はギブソンと原付とプレステ2。

所持金2万円。

その後数年バンバンバザールのスタッフを勤める。
CDレコーディングがほぼ一発録りのため

「ギターのダビングめんどくさいからオマエ弾いてくれ。」

ということでたまに替え玉レコーディングにも参加。


ある年、バンバンバザール主催の野外イベント
「勝手にウッドストック」
の深夜ジャズセッションにて何も弾けずにただ見ているだけの自分に嫌気がさし

「完コピ辞めよう。」

とB'z完コピ人生に墓を立てるべく

「現在弾ける曲を公開してもう二度と弾かない」

ということで順に終わらせていこうと動画をUPし始めたもののニコニコ動画やYouTubeにUPして数ヶ月後には各コンテンツのランキング上位にチラホラmixiにもコミュニティができ1,000人超え。引っ込みがつかなくなる。



●ALONE
「そして、 ZEROからゆるぎないものひとつ、へ。」


2007年10月。

当時勤めていたリ○ルートのRx5モバイル部門が消滅して無職となる。
会社都合のため退職後3ヶ月は給料を貰いながら寝て過ごす。
この無職期間に友人が主催する俳優養成講座の音楽部門を手伝う。
3ヵ月後、そろそろ新しい仕事を探すのでもうお手伝いはちょっと…というTerraniに

「キミそんなギター弾けて人気もあるんやったら教室でもやったらええがな」

とその友人の軽いノリに乗せられて生徒募集。

この事がTerraniにとって最も大きなギター人生の転機となる。

意外にもアッサリと教室が成り立つ程度の生徒が集まるようになり現在ではGoogleで「ギター教室」と検索すればその他のキーワードとして「terrani ギター教室」と表示されるほどギター教室としての認知度が高まっている。

T'zのライブ終了後、深夜になると学院から「居酒屋 寺兄」へと変貌する例の教室でTerrani氏は自身のギター教室をこうも語ってくれた。
また、この事は言い回しを変え、Terrani氏のブログでも触れられている。

「自分のギタースタイルよりなにもよりも、自分にとって最も大切な事はギター教室。」

--2008年12月5日のブログから引用--
身内ネタとか音楽に関係無いネタを話すことに関しては賛否両論あるかも知れませんが、T'zに関して言えば私はあーゆーのも素晴らしいと思っています。
ヒットチャートに上ることを目指すオリジナルバンドならあーゆーのはナシですが、我々が生きるということはそれぞれ

hellmanは自分の音楽。
私は自分のギター教室。
目玉オヤジは自分の島。

という自分のSacred Fieldを大切にし、みんなに知ってもらい、蔑まれたら牙を剥く。
これが我々の生業でこれからもその基盤の上にT'zというバンドが成り立って行くでしょう。

http://ameblo.jp/terrani/entry-10173894418.html

--引用ここまで--



●MOVE
「そして、熱き鼓動の果て、へ。」


2008年10月。
ヘルマン氏とのコラボユニット「TwoHist」結成。
11月に開催したB'zコピバン「T'z」と「TwoHist」のライブも盛況にて終了。


●YouTube Channnel
http://jp.youtube.com/Terrani1960

(2008年12月11日現在)
#80 - Most Subscribed (All Time)
#19 - Most Subscribed (All Time) - ミュージシャン
#26 - Most Viewed (This Month) - ミュージシャン
#10 - Most Viewed (All Time) - ミュージシャン

●ブログ
http://profile.ameba.jp/terrani/

●ルーム
http://ameblo.jp/terrani/


------Equipment------
Guitar :Gibson 60s LesPaul standard 2002 HB
Serial Number:01412355
strings:ERNIE BALL 2221 Regular Slinky 10-46
Height of string:1st 12f 2mm,6th 12f 3mm

Pick :Jim Dunlop jazz3
Effector:KORG PX3T PANDORA
Speaker :TIMEDOMAIN light
Camera :Canon IXY DIGITAL 800IS




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