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Imaginat Blow CD予約について(文字化けについて)


最近フォームからの送信が文字化けしてしまい、予約完了メールをお送りしても届かず、お名前やご住所も判読できないケースが生じております。

ご予約をいただきましたら、24時間以内に予約完了メールを送信いたしておりますので、ご予約されたのに完了メールが届いていないという方がおられましたら、下記あてに直接ご連絡いただけますでしょうか。

info☆imaginat-blow.com (☆は@に書き換えてください)

お手数をお掛けし誠に恐縮ですが宜しくお願い申し上げます。


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khaluah -かるあ-




「この子のせいで、私の人生は非常にめんどくさい事になった」








197●年夏。


ウン十年後、自らの身に降り掛かってくる、色々な意味で「人生最大の災厄」等、当然知る由も無く横須賀に元気な産声をあげる。


特にギターを持って生まれてきたとか、産声はヘヴィーメタルのシャウト系だったと言う訳でもなく、ごくごく普通で少しばかり目立ちたがり屋な性格ですくすくと育つ予定であったが、


いや。


当然、両親もその予定のはずだったと思うが、ひょんな事からエレキギターに出会ってしまい、その後歩む事となる紆余曲折で急勾配の山々と、急傾斜の千尋の谷が入り交じった起伏激しい人生へと、当人も知らずの内に引きずり込まれた半生の記録である。


なお、本記事を執筆するに当たり当人にインタビューついでに聞いた所、

--
「今後こういった詳細なプロフィールは自分自身で公開することは無いと思う。」
「だから、この機会に全部話すので、削るもよしなにお願いします。」

--

との事だったので、「khaluah -かるあ-」 当人が「Hellman Presents Imaginat Blow GIG2」への参加に当たり、「Canon Rock」動画が単なるコスプレ演奏動画でView数を稼いだから「だけではない」、そして、当日のパフォーマンスもそれではないと言う事、そういった勘違いが起こらない様に、あえて詳細なバックグラウンドとしてここに明記させて頂くと言う点、ひいては「Hellman Presents Imaginat Blow GIG2」という一大イベントのパフォーマーとして紹介する上での長文掲載となります事、ご理解頂きます様お願い申し上げます。





●女子小学生 Meet The Rock & Guitar

小学校までは凡そヘビーメタルやハードロック等とは縁遠い生活を人並み程度に歩んでいたが、いやむしろそれこそが一般的な人の道だと思うが、小学校6年生の頃にふと付けたテレビ番組(ミュージックステーション)に映っていた、BAKUの車谷浩二を見て、

「私も車谷浩二の様にギターを弾きたい!」

と、激しく思い込む。

BAKUと言えば「三宅裕司のいかすバンド天国」や「ホコ天イズム」のバンドブーム時代にデビューした高校生バンドで、「ぞうきん」や「ハブラシ」等のコミカルなタイトルの曲の割に、ギターソロにはライトハンド奏法が取り入れられていたりと、ビジュアル面のでインパクトは色々な意味で大きかった。

「女子小学生」もまさに、そのビジュアルインパクトにほだされた一人で、早々に両親にギターを買ってくれと懇願するも、

「中学生になって誕生日が来たら」

と、当たり前のごとく体よく断られた。

凡そ、エレキギター等と言う小学生の興味の的からしてみれば、日本とアラスカ程も距離がある物等への一時的な情熱であれば、1年も過ぎる頃には、運動やらおしゃれやらと他の事に興味が向き、ギターの事などとっくの昔に忘却されがちな年頃であるが、「女子小学生」は元来の頑固且つ、いのししの獣道のごとき性格で、中学生の誕生日になるやいなや早々にギター購入にこぎ着ける。

初めて手にしたギターは、ギター雑誌の通販ページによく掲載されている10W程のアンプとエフェクターとギターがセットになってイチキュッパ程度で売られている初心者セット。


しかし、初心者セットの中でも買ったデザインはなぜか


「黒のモッキンバード」






●Guitar Neet 女子中学生& Meet The「X -Silent Jealousy-」

話はギター購入の少し前に戻り、中学生になった頃の事。

ギターが欲しくて欲しくて欲しくてたまらなくて、悶々とした日々を送っていた小学校時代。
きっかけは、先の通りミュージックステーションに出演していたBAKU。
時はゆっくりと流れ中学生となり、たまたまBAKUを目当てで見ていたミュージックステーションに「X」が登場していた。

Xと言えば、今でこそビジュアル係数は低くなってきたが(それでも十分にインパクトはあるが)当時は、ロンゲの逆毛でどこぞの歌舞伎役者ですか?といわんばかりの派手なメイクに、当時の日本ではまだまだ珍しい種のいわゆるハードロック路線の楽曲と、英語中心の歌詞とメロディアスな曲調としつこいばかりの曲展開。YOSHIKIが髪の毛を振り乱して蹴りまくるテンポ200オーバーのツーバスと、それに絡み付くTAIJIのベース。
そして、ボーカルTOSHIのハイトーンボーカルに、楽曲に彩りを加えるPATAとHIDEのツインギター。
当時は、それはそれはとんでもないビジュアルショックだったことを筆者も記憶している。

中学生になったばかりの彼女も懲りずにその一人であった。
目当てであったBAKU等どこ吹く風。
一瞬にしてXの放つ異彩「Silent Jealousy」の虜になる。

当然ながらギタリストを夢見る一人の少女は、二人いるはずのギターでもより強烈なビジュアルとオーラを放つHIDEの虜となり、当たり前の様に憧れのHIDEモデルのギター「モッキンバード」を手にする事を目標とする。


そして、ギターを手にしたこの時から本格的にギターとロック言う麻薬にどっぷりはまり、未だ底が見えない大海へこぎ出す事となる。


念願のギターを手にした「女子中学生」は、朝起きて学校へ行き、学校が終わるとすぐさま帰ってきてギターを弾く。
夕食を食べギターを弾き、風呂に入って寝るまでギターを弾く。
そんな生活を送っていた。
ある日には、ギターを片時も離したくないために、色々と理由をつけて学校へギターを持っていき、休み時間にピロピロと練習をするも、回りの友人達からは奇異の目で見られることもしばしば。

そんなある日、父親が

「一生懸命打ち込める物がひとつあるなら、それがなんであっても応援しよう。」
「そのかわりにまじめにやり続けること」

これは、父親のモットーでもあり、当時の「女子中学生」のギター熱を見て更にこう続けた。

「きっちりとした場所でしっかりと学びなさい」

ここで美談で続ければ話の繋がりもスムーズなのだが、ひとつ。
「女子中学生」の性格を推し量るエピソードとして。

「ギターなんて独学でやるもの。それがカコイイ!」

と、Rockerを気取っていた当時はそんな父親の申し出に素直にうなずくはずもなく、しばらくは返事をうやむやにし小さな反抗を試みる。
しかし、所詮中学生の浅知恵。
いつまでも断り続ける理由がみつからず、中学3年生の頃に観念して両親の応援と援助の元ギター教室に通う事となる。
しかし、いざ通ってみると当時の教室の先生方からは

「女子中学生が習いにきた!しかも、ロック精神で!」

と、ちやほやともてはやされ、本人も当時はまんざらでもなかったと今更ながらに語っている。

ギター教室では、スケール練習や、基本練習、アドリブ、コード、ブルース進行等、一連の基礎を学び、その教室には高校2年生の夏ぐらいまで通う事となる。ギター教室へ通いながらも今までのスタンスは変えず、レッスンのある日はレッスンへ、無い日はまっすぐ家へ帰ってギターを弾く生活をつづけながらXやメタリカやメガデス等のコピーをしまくる。

ちなみに、自身へ多大なる影響を与え、未だ持って音楽生活のアンセムとまで語る「Silent Jealousy」のソロが指が届かなくて弾けないのは現在も変わっていない。

余談ではあるが、身内の影響で演劇にも興味があった当人は、中学1年生~2年生の1学期まで演劇部へ在籍するも、女子校だったので男役も女性がやる等、いわゆる宝塚系で自分とは空気が合わない、本当は軽音楽部にはいりたかったが無かった等の理由で、結果的にはやはりギターの虜になり演劇部は辞める事となる。

そして、中学も3年生になる頃には、更に猪突猛進に拍車がかかる。


英語。


Xの歌詞の大半が英語であったので、中学一年生の頃からその歌詞の内容が知りたいが一心で英語の勉強「だけ」をがんばっていた。
ギターNEETを続けながら英語をむさぼる様に勉強しはじめたのもこの時期である。
そして、しばらくすると聴く音楽に少しずつ変化が現れ始める。

すでに、この中学3年生の時点ではXはどこ吹く風となっていたのだが、それに拍車をかけたのが、

Xが活動休止を発表。
より激しい音楽を求め、洋楽(HR/HM)を聞き始める。

その様な様々な要素が重なり、結果的にはXから洋楽(HR/HM)へと傾倒していくことになるが、結果的には後々の一本の道へつながって行くこととなる。

Xの活動が休止になり、洋楽を聞く頻度が高くなってきてから、洋楽の歌詞をもっと深く知りたいと言う欲求と、音楽(ギター)をやるなら海外(アメリカ)だろ?の勘違い精神に則り、またも猪突猛進を開始する。

また、そういった心境の流れもあり、この頃に一度留学斡旋事務所へ話を聞きにいくも、両親に相談するとこっぴどくつっぱねられる。


英語とギター。


まったく接点が無い様で、確実に繋がっている二者。
しかし、この密接に繋がった二つの事が、この先、糸が切れた様に離れていく事になるとは、この時は考えもしなかった。




●女子高生 Meet The 「ジャクソン君1号 ブラック青木」

時は流れ高校生になり、相変わらずギターと格闘する日々が続く。
すでにこの頃当人は

「ギターで飯を食べる」

事が当然と脳内に刻み込まれ、何の迷いも無く我が道を突き進む。

日々、ギターNEET生活を送る一人の女子高生に当時は知る由もない、未来への転機が訪れるのはこの時期。

それは、父親からささやかなプレゼントをもらうことではじまった。


「一生懸命続けているようなので、5万円程度なら新しいギターを買ってやろう。」


そのギターこそが、当時の一人の「ギター好きRock女子高生」と今の「khaluah -かるあ-」を繋ぐ大切なピースになることは、いつもながら当時の当人は知る由もない。

父親の一言でGETしたのは、「khaluah -かるあ-」ファンなら当然の事ながら知っているであろう、紆余曲折を経て今現在復活して押し入れの奥に多量のホコリとサビと共に鎮座する

「ジャクソン君1号 ブラック青木」

※このネーミングは、筆者である私がインタビュー中に聞いたエピソードを思い返して今つけたものである。

新しいギターを手に入れた「女子高生」は、以降長い間少女のメインギターとなる「ジャクソン君1号 ブラック青木」と共に、またもやメトロノーム相手に練習に励む日々が続く。


高校1年生の秋の文化祭。
今でこそ、「khaluah -かるあ-」のブログで自身がYouTubeへアップした処女作である「Canon Rock」の動画を介して多く取り上げられるエピソードは「ここ」の話となる。

高校一年生の文化祭で当時組んでいたバンドで出演を決めたものの、自身が愛してやまないHR/HMとは凡そ北極とリオデジャネイロ程も落差があるガールズバンドもので悶々とする。

しかし。

ひょんなことから、友人の出し物のつなぎで

「転換の合間にギター弾く?」

との誘いを受け、二の句も無くOKを申し出て愛機「ジャクソン君1号 ブラック青木」と、10Wの小さなアンプを片手にメタリカだのメガデスだの、凡そ通常の女子高校生が聞く事すら少ない曲をギタ-ソロで演奏する。


ちなみに、通っていたのは女子校である。


当然、友人の出し物目当てのお客さんばかりなので、演奏中はお客様方々一同

「ドン引き。」

それでも、初めて自身が納得いく形でのギター演奏と言うこともあり、たった一本のギターだけでバンドはおろかBGMも無いまま、一心不乱に自身のエンターティメントとしてギターを弾きまくる。

そして、演奏できる曲も尽き、時間もちょうどいい頃合いになり、自身の演奏の終わりを告げる様にギターを抱え顔を上げお客さんを見てみると、


「拍手喝采」


そして、調子にのってピックを投げてみる。
演奏自体は新任の男の先生に褒められるも、ピック投げはなぜか不評。
見に来ていたお琴の先生のおばさんに「あなた音感あるわ!」と激励される。


良きも悪きも、一人のロックが大好きな「女子高校生」が生まれて初めて、自分が最も打ち込んだ事に対する正当で素直な評価を得た瞬間であった。





●女子高校生 Meet USA

高校1年生の時に、交換留学プログラムというものがある事を知る。
実際に先生にその話を聞くと、適性試験と面接をクリアすれば無料で留学ができる。
しかし、国は選べない。
期間は1年間。


「拍手喝采」という一涼の風と共に新たな道が開けた瞬間である。
ギターを弾きながら英語を勉強するスタンスは中学生の頃より変わっていなかったので、交換留学プログラムの募集がはじまるや否や即座に応募する。そして、見事に合格する。目的地もアメリカのフロリダと当人の希望通りとなる。

後に、「khaluah -かるあ-」は、「女子高校生」が応募したその交換留学プログラムは、行き先はランダムだけど面接での印象等で当人の希望を優先してくれたんじゃないかなと話している。

「何事も、願えば叶う。」

そんな小さなエピソードもあった。

そして言わずもがな、その留学には愛機「ジャクソン君1号 ブラック青木」と10Wのアンプを担いでいくことになる。
※当時はギターも手荷物で機内へ持ち込めたらしい。
「女子高校生」の身の丈程もあるギターとアンプを抱えて機内に乗り込む様は、さぞや滑稽な図だった事は想像するまでもないだろう。
参考までに、現時点での「khaluah -かるあ-」の身長は148cmである。


しかしながら、この留学は女子高校生とって、自身のギター人生の長い長い冬眠の引き金となる。


留学の第一印象は

「迎えにきた、ホストファミリーが●●(自主規制)だった。」
「アメリカ西海岸は茶色かった。」

留学先にお世話になるホストファミリーには、事前情報としてプロフィール写真や自己紹介文章を送ることになっている。
その資料のプロフィール写真に、バンドTシャツ全開で映ろうとしたら、母親と父親に全力で阻止された。
泣く泣く白いブラウスで写真に映るも、自己紹介文章には好きなメタルバンドのCDジャケットをふんだんに貼付けた、凡そデザインセンス0の資料でRock少女をアピール。
しかしその資料も、実は母親があまりにも怪しげなジャケットは後ろの方へおいやると言う、密かな抵抗が施された逸品でもあった。

その甲斐あってか、ホストファミリーと初めて挨拶を交わした際も、ギターやアンプを抱えてた事もなんら問題も無く突っ込まれる事も無く、ファーストコンタクトは無事終了した。

留学してからは、見る物、触る物、感じる物、全てが楽しく、自身の想像を遥かに超えて輝いていた。
毎日が家に居る事がもったいなくて、時間があれば学校や外で可能な限り留学生活を楽しんだ。

留学してしばらくはギターを弾いていたが、留学生活をもっともっと楽しむべく留学先の学校で「演劇部」に入部する。
この演劇部は中学時代の演劇部とは規模も志も全てが違い、「これこそ私がやりたかった演劇!」とツボを直撃し、入部以降はその演劇部員として日々を捧げることになり、次第にギターを弾く事も少なくなっていった。

またそれだけではなく、留学先の環境や当時の世情の音楽の流れ、地域的にもラップやソウル系が中心で、回りにそういった話ができる環境や友人がいない等で、HR/HMよりもラップやR&Bを聞く事が多くなり、それもひとつの要因としてギターへの情熱が徐々にさめていく事となる。



そして、1年後に帰国。
日本で通っていた高校は、別段留学で学年を戻る必要もなく高校3年生で復帰する。
そして、留学前に組んでたバンドにも復帰し、高校生活最後の秋の文化祭へ向けて準備を進めるが、自身の音楽の好みが留学で慣れていったラップやソウル系音楽の耳になり、組んだバンドの曲もガールズバンド的な感じでやる気も一気にダウンする。
もしかすると、この時にHR/HMバンドを組む事ができていたら、ギターへの情熱が戻っていたかもしれないとも当人は言っている。


そして、そういった帰国後の背景もあり、この時期から高校卒業までには、ギターに対する情熱もほぼなくなり現実へと目を向けていく事になる。


私がやりたい/なりたいのは、まさに今まで聞いてきた/見てきた男が演奏するギター。
でも、女性である私はいくらがんばっても男には成れない。
憧れて近づく事はできても、女性であることに偽りはないし、偽りにしたくない。


と自覚していく。





●長い、長い、冬眠へ。

高校を卒業し無事大学に合格し、その入学式の新歓勧誘で軽音サークルに声をかけられた際に

「ちょっとギターを」

の一言がきっかけとなり、強引にひっぱっていかれ何となく流れでそのままそこの軽音サークルで過ごすことになる。

しかしながら、実情はほぼ飲みサークル。
とはいいつつも、定期ライブや文化祭ライブでバンドを組むこともしばしば。

しかしながら、その頃にはほとんどギター熱がさめていたが、英語が堪能と言うこともあり洋楽曲のボーカリストとして重宝されることになる。
当時歌っていたアーティストは、エアロスミスやスティービーサラスや、エクストリーム等。

実際に、バンド活動もそういったボーカル活動が多くなり、ギターへの情熱は過去の物となっていった。
そして、そのかわりに高校生の頃に行った留学先で、ギターへの情熱と引き換えに得た英語力で、大学3年生の頃には翻訳家への気持ちが強くなる。
翻訳家へのビジョンも、実際は高校生の時に留学から帰ってきてから、更に海外への憧れが強くなった事も原因の一つと言える。
そして、そういった心境の変化に伴い、この頃にこの音楽サークルも辞める事になる。


そして、自身の新たな「翻訳家」の夢へと進む為に、ギターをペンに、アンプを辞書に換えて歩き出す事となる。


卒業後、翻訳家へとして歩み出した女性は紆余曲折をへて、目標であった翻訳の仕事につき、ハワイに住居を移し以降ひっそりと忍び寄る「人生最大の災厄」を知らずに待ち受ける事となる。




●khaluah Meet Canon Rock

ハワイに居を移して3年後、諸処の事情により日本へ帰国することになる。


その少し前のハワイでの事。


普段から音楽を聞きながら仕事をする事が常となっており、その日もたまたま仕事中にも関わらず心と体の休養と、適当な言い訳をつけてネットサーフィンに励んでいた。そして、いつもの日課の如くYouTubeを渡り歩いていると妙な動画を見つけて見始めた。
動画自体もおもしろかったのだが、それよりもそのBGMに使用されていた音楽。


「Canon Rock」


この「Canon Rock」との出会いを彼女はブログに記しているので、お時間のある際にご一読頂きたい。

http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/53674488.html

この時はまだ、気になった程度でブログの記事にも軽く記してある通り、各国の様々なプレイヤーが演奏したCanon Rockを聞きあさる程度であった。
そこから、また時は流れ


2007年7月 夏。


長く凍り付いていた「想い」が動き出すこととなる。




●人生最大の災厄到来のお知らせ。

2007年7月、夏。
ひょんな流れで日本へ帰国することとなる。


いい加減仕事にも飽きてきて、いつものごとくYouTubeへダイブしたのが運の尽き。
仕事に飽きたついでに、以前書いた「Canon Rock」の続きを書くべく、また仕事のBGMとするべく

「今さら」なお話シリーズ-カノラーの逆襲編-
http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/64839064.html

を仕事そっちのけで書き始める。

書き終えて満足し、そのままブログを放置。
そして、次の日なんとなく自分のブログをチェックしてみると。


「はじめまして。ぎんじねこ -ginjineko-と申します。」


本人降臨


そろそろ、冬の寒さを肌で感じる、2007年11月10日の事である。


この時の、「khaluah」の挙動不振ぶりは上記URLに残された、「ぎんじねこ -ginjineko-」と「khaluah」のコメントのやりとりを見て頂くのが一番わかりやすいかと思う。

その後、どうにもいても立ってもいられなくなった「khaluah」は「ぎんじねこ -ginjineko-」へ直接メールを送り、コメントのお礼と今後の活躍を草葉の陰から~的な応援メッセージを添えて本人へ送る。
そして、そのメールの返信にあった、「ぎんじねこ -ginjineko-」の言葉が、後の「khaluah -かるあ-」 誕生の重要なアイテムを引き出す事となる。

以下は、「ぎんじねこ -ginjineko-」が「khaluah」のメールへ返信した際の一文である

--
昔どこかで聞いた話で、
「物が人を呼ぶ時は、物があなたを必要としている時。その時期を逃すと、物は離れていく一方」と。
khaluahさんのギターも、今一番弾いて欲しいと思ってるのでは ないでしょうか。

--

このやりとり以前に最初に「Canon Rock」を聞いた頃から、すでに「khaluah」の中ではギターへの情熱が少しずつ再燃しはじめる。
そして、帰国後すぐに自身の「脳内彼氏」とまで呼んでいた当時のメインギターである「ジャクソン君1号 ブラック青木」を実家へ取りに帰っている。しかし、音が出ずに修理へと出したがこのメールのやり取りの時点では未だに修理があがってきていなかった。


そんなやり取りを経て、今までYouTubeの音楽カテゴリーの中の人であった、「ぎんじねこ -ginjineko-」と言う人物が突然輪郭を持って目の前に現れた。そしてこの機を逃さない様にするべく、「ぎんじねこ -ginjineko-」が毎夜入り浸る「Live Studio PUNCH」へと足を踏み入れ、その事が「人生最大の災厄が巻き起こす悲劇の幕開け」になろうとは露程も知らず、そのまっただ中へ自らをダイブさせる事になった。




●「khaluah」 から 「khaluah -かるあ-」へ

「Live Studio PUNCH」へ足を踏み入れてからの「khaluah」については、ここで触れるよりも彼女のブログの「音楽カテゴリー」あたりを読みあさって頂くのが一番わかりやすいので、あえて詳細については省かせて頂く。

修理に出したまま戻ってこない「ジャクソン君1号 ブラック青木」のかわりにGETした現在の愛機、「Schecter Damien-6」を片手に毎夜「Live Studio PUNCH」に入り浸り、Guitar NEET時代の頃の様に毎夜練習に励む事となる。

そんな中、その時は未だ全貌をひた隠しにしたままの「ぎんじねこ -ginjineko-」が動き出す。


「なー、なー。」


ギターを再び手にした後の「khaluah」の「プロデューサー ぎんじねこ -ginjineko-」による半ば【強制的】な躍進は目を見張るものがある。


・みんかの2へ【強制】出演
 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/64874500.html
 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/65049674.html

・某制服Canon Rockの動画を【強制的】にYouTubeへアップさせられる
 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/64958640.html
 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/64960896.html

・その後、「Dual いつか、きっと・・・」、
 「絶対、体育感裏だかんね☆!」を【強制的】にアップさせられる。

 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/65049674.html
 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/64981734.html

・アップした動画の全てが大回転。

・国内登録者数激増中。

・Canon Rockがミリオン達成。

・S.O.D -Super Over Drive-で初めて師匠ぎんじねこ -ginjineko-と
 【強制的】にコラボ演奏する。

 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/65117217.html

・YouTube Live TOKYOへ
 「ぎんじねこ -ginjineko-」 with 「khaluah -かるあ-」として出演。

 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/65120906.html
 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/65128312.html
 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/65137334.html

・2009年2月に音塾さん主催のFIREさんとセッション企画へ、
 「ぎんじねこ -ginjineko-」と【強制】参加決定。


・2009年5月開催のImaginat Blow GIG2へ【強制】出演決定。
 http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/65129812.html


中でも、「khaluah -かるあ-」が出来上がるまでにここで無視して通れないのは、やはり「Canon Rock」とそれにまつわるエピソードだろう。

当初は、「Canon Rock」を完奏する事のみが目的で、YouTubeへの動画のアップ等、毛程も考えていなかった。
しかし、毎夜「Live Studio PUNCH」で「Canon Rock」の手ほどきを、「ぎんじねこ -ginjineko-」から直接指南してもらう中で自然と出来上がっていった師弟関係で、彼の言葉には逆らえないと言う強迫観念にも似た感覚が相まって、


「Canon Rockの動画をつべにうpな。」
「セーラー服で」


--
そもそも動画をアップすること自体、考えてもいませんでした。
なので、師匠「ぎんじねこ -ginjineko-」から「セーラー服で」なんて言われても、そんな格好で動画を撮るつもりはさらさらありませんでした。
100 歩ゆずってアップするとしても、普段の格好そのままでアップするつもりだったし、顔さえ出すつもりはなかったんです。だから、師匠の言葉に素直に乗ったというわけでもありませんでした。
ただ、動画アップを「現実」としてとらえた日、それがちょうど2008年2月23日に行われたImaginat Blow GIGだったんですが、そこで「ぎんじねこ -ginjineko-」とあるやり取りがあって、改めて自分自身で考え抜いた結果、セーラー服を着る意味が見えてきて、動画アップに挑戦することを決意しました。

2008年12月20日 「khaluah -かるあ-」談

--

「ポニーの一説」誕生秘話と、未だにことあるごとに「khaluah -かるあ-」 の中にひっかかる「人生には~」の詳細な話が、「ぎんじねこ -ginjineko-」のブログで書かれているのでそれを紹介する。


http://loud-blues.blogspot.com/2008/08/ff.html


そして、史上初となるネットとリアルを繋いだ「Hellman Presents Imaginat Blow GIG」の興奮冷めやらぬ運命の「2008年02月28日」

今や世界中で一番みられているといっても過言ではない「Canon Rock」の動画で、YouTubeへデビューすることになる。
http://blog.livedoor.jp/khaluah/archives/64958640.html
※2008年12月28日、本原稿を執筆現在で、YouTubeにて「Canon Rock」と検索するとFuntwoを抜いてトップ表示でヒットする。

この後、正式に「ぎんじねこ -ginjineko-」の一番弟子として、「khaluah」から「khaluah -かるあ-」へと名前を一新し、「khaluah -かるあ-」形成に多大なる影響と自身の新しい音楽人生に潤いとリスペクトを与えた「ぎんじねこ -ginjineko-」チューンを世界へ普及するべく、「Canon Rock」以外は「ぎんじねこ -ginjineko-」チューンのカバー曲だけと自らが旗手となり、新しいギター人生を再び歩み出す。


この「Canon Rock」の持つエピソードについて、更に深く追求すべく「ぎんじねこ -ginjineko-」にも取材を試みた。
その際に、この「セーラー服」の提案について中々に興味深い話が聞けたので、それを紹介してこの項の締めとさせて頂く。


--
最初は、「khaluah -かるあ-」にセーラー服で弾けって言ったのは「ノリ」以外の何ものでもありません(笑
別に、事前に「khaluah」の学生時代のエピソードを聞いていた訳でもないし、当初はそこまで深く過去について聞いてなかったですからね。
ただ、ギターをやってる以上。
いや、オレもそうなんですが、一時は「ギターで飯を食う」と意気込みつつも諸処の事情で今に至る訳でしょ?
ただただ、毎日の生活の合間にギターを弾くのもそれはそれでいいと思うんですよ。
でも、人生一度ぐらいはじけて見たいと思いませんか?
しかも、それが昔取った杵柄であればなおさらの事。
たまたま、小さい枠ながらもそこそこYouTubeでオレの名前を知ってくれている方もおられる。
ギターを弾く/弾いていた以上、善くも悪くもそういった昔憧れた有名人という感覚を「khaluah -かるあ-」にも味合わせてみたい。
ギターで飯を食うと意気込んでた当時の自分への、今の自分からのご褒美の意味を込めて。

当然、ギタープレイヤーとしての上手さみたいな物も必要ですよ。
動画をアップして回転数を狙うなら。
テクニックだけの上手さじゃなくて。
「khaluah -かるあ-」にはそれがあったんですよ。
華みたいなもんなんですかね?それって。
よくわかりませんけど(笑
単に、「2年前にギターを始めました」じゃ出す事ができない、経験から出る音。
そんなのがあったから、FF喫茶(笑 の時に

「単なるヘタクソなら動画を出せなんて言うか、あほ。」
「5年8年弾いてそこそこ弾ける程度の軽い音だけなら言ってない。」
「ヘタクソなりにも、音の基盤と音の信念が出来てるから言ってるねん、どあほ。」

と諭したんですね。
本人曰く、「ポニーの一説」や「人生には~」の話よりも、これが一番の後押しになったらしいですけどね(笑

だから、「Canon Rock」を弾きたいなら、完奏できる様になれば、各国の人達に右へ倣えでいいから動画をアップすればいいじゃない、と。
難しい事は考えずにね。
で、そこでインパクトがある映像ならなおさらおもしろいでしょ。

いつまでも、「ぐだぐだ」「だらだら」と言い訳つけてても意味ないですからね。
今弾けない物を1ヶ月がんばって練習しても、弾ける程度なんて変わらないですからね。
「多少、上手く弾ける様になった」
程度なら、今やっても後からやっても一緒。
人に感動してもらったり、勇気をとかってそんな小さな所じゃないですからね。

「khaluah -かるあ-」の「Canon Rock」はある意味、偶然と必然の産物です。
動画自体では無く、動画が持つView数や知名度を含めてね。
偶然発した「セーラー服で弾け」は結果を見れば、男のエロ心をくすぐる必然の釣り要素です。
それを提案したときには「セーラー服着て弾けばいろんな意味で目立つで」と言った様な気もします。
覚えてないですけどねw

これは逆に男が制服着てやってもまったく面白くもなんともないんですよ。
仮に着ぐるみであっても、それは演奏動画じゃなくて単なるネタ動画に演奏を付けたものでまったくの別物。
「ほんとの女の子が制服で」ってのがキーワードなんですね。
ま、全てはノリですけどね(笑

本人が狙ってやってればあそこまでのびてないでしょうね。
狙ってないし本人も動画をアップする気じゃなかった。
そんなネガティブな要素が逆にグローバルでアクティブから非アクティブなユーザーの色々な心を捉えたんじゃないのでしょうか。

2008年12月26日 「ぎんじねこ -ginjineko-」談
--






●一問一答


最後に、今までのギター人生の中で大きな要素になったであろう、ターニングポイント部分について答えてもらった。
以下は、その内容である。



●あなたにとってのLive Studio PUNCHとは

「喉が渇いてるときにはお水がもらえて、おなかがすいてるときには食べ物をもらえる場所。」


●あなたにとってのImaginat Blow GIGとは

「観客のつもりで「わぁ~楽しい~」と見ていたら、いつのまにか誰かに足下の台座をくるっと回されて、気がついたら反対側に立たされている。ドリフの回転舞台。」


●あなたにとってのYouTubeとは

「本気だして勝負しにいく遊び場。」


●あなたにとっての自分自身のCanon Rock動画とは

「四次元ポケット。」


●あなたにとってのギターとは

「魔法の杖。」


●あなたにとってのぎんじねことは

「良薬口に苦し。」


●あなたにとっての「khaluah -かるあ-」とは



「この子のせいで、私の人生は非常にめんどくさい事になったし、
 腹が立ったり悲しくなることも多いけど、
 いなくなったらもっと悲しくて寂しくて泣く。」







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●関連リンク

Kamoneginji Project Official Web Site(「khaluah -かるあ-」 オフィシャル)
http://sites.google.com/site/kamoneginji/

Too Ray Zoo Ray [Blog]
http://blog.livedoor.jp/khaluah/

「khaluah -かるあ-」 YouTube Channel
http://jp.youtube.com/user/khaluah20/

Live Studio PUNCH Official Web Site
http://www.livestudiopunch.com/

音塾
http://otojuku.net/


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